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手日記A

支離滅裂で何言ってるか分からない文を得意とします。

反省と校長先生のお話について

   今日はまず反省から始めようと思う。

   ふと思い立って昨日の記事を見直してみたのだがなんともまぁ酷いものだった。本当に日本の小学校を卒業したのかすら怪しいその文章力と突拍子もない話の展開具合には開いた口が塞がらない。おかげで暖かくなり姿を見せるようになった小蝿たちが口に二、三匹入ってしまった。すぐに口をゆすいだ。

   なんというか、こう奇をてらいすぎたというか興奮して文字を打っていたら我を失ってしまったというか、とにかく酷い。なんだよ世界的カードゲーム大統領って。そういうわけで、今日は昨日のような正気の沙汰とは思えない文を書いてしまった事を反省しに来た。あんな文を書くなんて自分にはヤバイ悪魔が憑いていているのかもと思い、今日の授業中には悪魔が僕に囁いた気すらした。お前を一生離さない。文字に起こすとアレだが実際はそんな事はなく、それはそれは世にも恐ろしいものだ。あまりの恐怖に怯えながらはっと気付くと白衣を着た怪しげな人物が黒板の前で英語発音講座を開いていた。ああ夢だったのか、今日も平和だなと思い僕は安心して再び深い眠りについた。そのおかげなのか知らないがつい先ほど、原因は自分自身にあるということに気がつけた。サンキュー吉◯。というわけで今後はもっと落ち着いた文章にしようと思う。今日言いたかった事はこの一行だけである。

  これだけで終わるのもなんか悲しい気がするしまだまだみんなとお別れの時間じゃないと思うので今日は1つ提案をしたい。

 

「校長先生のお話」 これをどうにかしたい。

 

  どこの校長先生にも言える事だが、彼らは尊すぎるが故に我々のような土民には到底理解できない高度で難解な説法を毎回してくださる。知能指数がアヒル以下とも言われる我々がその全てを従来通りに聞き、理解しようものなら、耳からはどこからともなくタコが発生し、ついには我々は馬になり念仏が聞こえ始めてしまう。しかし人生で2度聞けるかわからないそのお説法を聞き逃したくはない。そこで我々でもその教えを享受できるよう幾つかの攻略法を考えたのでここに提案する。

 

【校内放送】

ありがちである。事実、小中学校ではこの方法が採用される場合がたまにあった。校内放送は教室で聞けることから我々は一定の安堵と休息を保ちつつ説法を受けられる。しかし説法があまりに強力な魔力を持つためにスピーカーからその魔力が捻出され、心の安堵につけこんで我々を深い眠りへと誘ってしまう。これではダメだ。

 

【チケット制にする】

チケット制にすることは各人の競争心を煽り、自主的に教養を深め、説法を理解できる状態になる事を目的とする。我が校は進学校であるから学習意欲を高めるという点でも評価されるべきだ。ただし、チケットは売れないだろう。

 

【動画配信サービスを利用する】

通信量など気にするんじゃない。これであのお方を目前にしながら素晴らしいお説法を受けられる。またインターネットを利用しているので世界中に彼の存在をアピールすることも出来る。だが「昏睡に関する危険なサブリミナルを含む」として1日とたたないうちに削除されてしまう。無念である。

 

【DVDにする】

誰も買わない。そもそもその崇高な内容を販売するとしたらジンバブエドル造幣局がいくつあっても足りない金額になることだろう。

 

Blu-rayにする】

誰も買わない

 

【書籍化する】

余計に買わない。限りある資源は大切に。

 

   とまあこんな感じだ。後半はもうネタ切れしたか飽きたのだろうと察してほしい。調子に乗ってこういう話題で書くとすぐに見つかってシークレットサービスに歴史上から存在を消されてしまう。まだまだ若いしもっと生きていたいのでそろそろこの辺でやめておk...

   おや、こんな時間に誰だろう。全く常識ってものをわきまえてほしい。ではまた。